京大構内に遺跡出現!貴重な水田技術の資料に。

標準

10月20日に京都大学は伊藤淳史 文化財総合研究センター助教らが吉田南構内にて弥生時代前期後葉の水田遺構、関連する水路、当時の地形などを検出したことを発表した。調査は現在も進行中。

遺跡名は「吉田二本松町遺跡」

今回京都大学吉田南構内から発見された遺跡は6月30日から京都大学文化財総合研究センターによって調査が進められており、1994年の人間環境学研究科棟の建設に伴う調査によってすでに発見されていた水田遺構「吉田二本松町遺跡」の続きと見られている。

遺構の状態は非常に良好で、今回の調査の担当である伊藤淳史助教によると弥生前期(約2300~2400年前)の「田面や周辺地形の遺存状況が当時のまま」見ることができ、「水稲農耕導入期の水田造営技術や知識を知る上で重要な」発見であるとのこと。調査は現在も進行中であり、24日にはプラントオパールの試料採取も行われた。

吉田二本松遺跡は今回の発見に加え、これまでの調査で埴輪や方墳などの遺跡も発見されており、歴史資料として大きな価値をもっている。

まだまだ存在する「京大構内の遺跡」

吉田二本松町遺跡以外にも京大構内にはいくつもの遺跡が隠れている。

北部構内には京大考古学の創始者・濱田耕作博士が発見した「北白川追分町遺跡」があり、縄文時代の竪穴式住居や墓、トチの実の貯蔵穴などが発見されている。和歌山県白浜町にある瀬戸臨海実験所構内には海水から塩を得るための石敷炉や土器が発見され、奈良時代の代表的な製塩遺構となっている。また 西部構内には鎌倉時代の太政大臣西園寺公経の邸宅の証拠となる遺構が見つかっている。近世の遺構としては京大病院構内に、幕末の歌人・大田垣蓮月の歌が刻まれた「蓮月焼」と呼ばれる茶器類が出土し「聖護院川原町遺跡」と呼ばれている。

この他にも京大構内には縄文から近世にいたる幅広い時代の遺跡が見つかっている。これから京大構内を歩く際はこれらの地下に眠る歴史に少し思いを馳せてみるのもいいかもしれない。


 

998917_245339242316656_740990136_n
【トップ画像】 : Giampaolo Macorig
【参考】: 京都大学研究成果 /  京都大学文化財総合研究センター
広告