【哲学?美学?】京大教授インタビューシリーズ第一弾、総合人間学部 篠原資明教授

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哲学はすべての学問の根幹にある。

今回から始まった京大名物教授インタビューシリーズ!その記念すべき第一回目は今年3月に定年なさった総合人間学部の篠原教授です!超人気講義である芸術学や創造行為論をはじめ数多くの講義を受け持っておられた篠原教授には、お世話になった京大生も多いのではないのでしょうか。篠原教授からの京大生に向けてのメッセージ、ぜひお聞きください!

 


 

芸術学や創造行為論などたくさんの人気講義で知られる篠原教授ですが、それらがどの分野に属しているのか、どういった学問なのかいまいちわからない人は多いのではないでしょうか?今回はそのあたりも踏まえ、篠原教授に様々なことをお伺いしました。最後の篠原教授から京大生に向けたメッセージは必見です!!

 

〇美そのものを探求する学問=哲学

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PHOTO BY Rafael Robles

—篠原教授の専門はどのような学問なのでしょうか?

篠原教授:僕は自分の専門を聞かれたら哲学・美学ということにしてる。昔の文学部は哲学科、文学科、史学科の3つに分かれていたんだけど、僕は哲学科の美学美術史学というところの研究室出身だから哲学でもあるし、美学でもあるし、史学でもあるね(笑)

—なるほど(笑) では篠原教授は哲学とはどのような学問であるとお考えですか?

篠原教授:現代社会における学問の分類が今の僕の分野を非常にわかりづらくしてるんだよね(笑) 哲学の元祖プラトンは美そのものを探求する学問を哲学だと認識していた。彼に言わせれば、美を探求しない哲学はあり得ない。だけどプラトンの考えを歴史は踏みにじってきたんだよね。だから今では美について議論せずに哲学者を名乗ってる人が大勢いるけど、それは全部まがい物なんだよ。もうやめるから言えることだけどね(笑) だから哲学・美学が僕の専門ということにしてるんだ。

 

〇現代美術評論、方法詩、まぶさび、、、

篠原教授:80年代の中ごろに、ひょんなことから現代美術の批評をやり始めた。たまたま80年代っていうのはポストモダンっていう時代だったんだけど、美術の分野でもそれまでとがらっと違った傾向が出てきた。そういう時に僕は若い人の活動をフォローする批評をやってたから、そっちのほうで割と注目されるようになって。だから現代美術の批評家として結構活動するようになったんだよね。その頃は大阪芸大や東京藝大に勤めてたこともあって芸大の活動の一端として協力することもあった。

—学外での活動もいろいろなさっていたんですね。

篠原教授:それだけでやめとけばよかったんだけど、今度は詩を書き始めたんだよね(笑) 現代詩とは違う新しい詩を提唱して。詩の世界を3分割して新しい3つめの世界を確立しようとしてた。つまり和歌や俳句などの定型詩、型にとらわれない自由詩、それらとは別のもう一つ3つめの「方法詩」を92年に提唱したんだ。そしてその一端として「超絶短詩」というとても短い詩を始めて、1996年に詩集『物騒ぎ』を書きあげた。これで詩はやめようと思ってたんだけど、それを朝日新聞の書評欄で栗原彬さんっていう有名な社会学者の方が取り上げてくれてすごくいい評論をしてくれたものだから反響がかなり大きくて超絶短詩が一気に有名になっちゃったんだよね(笑) 詩集なのに三版もいったり。それで詩の世界から去りがたくなっちゃったんだよね(笑)

それともう一つ「まぶさび庵」っていうのを始めたんだよ。なんでそれを始めたかというと空海さんが夢の中に出てきたからで、その空海との出会いをまぶさびの視点から綴った本が反響を呼んで、今でもそのご縁で高野山とか善通寺とか真言宗のお寺から講演のお呼びがかかったりすることもあって。

だから肩書が増えるばかりなんだけど、やっぱり基本学者としては哲学・美学。

 

 

〇総合大学だからこそ哲学をしなければならない!

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PHOTO BY Hiroaki Sakuma

—京大で哲学・美学をすることにはどういった意味があるのですか?

篠原教授:芸術大学などではなく、総合大学である京都大学で哲学・美学をするのを疑問に思う人も多いのかもしれないけど、むしろ総合大学だからこそしなければならないと僕は思う。そもそも哲学というのは万学の根幹にあるんだよ。今みたいに文系・理系を分けたのは哲学者のアリストテレスだし、学問の分類自体も哲学から来てる。ベーコンが自身の著書『学問の進歩』において学問を史学と詩と哲学に分けて、それぞれに人間の能力を割り当てたんだ。史学をmemory、詩をimagination、哲学をreasonとしてね。その後18世紀に、フランスで有名な哲学者たちが主となって百科事典を執筆したとき、この百科事典が元となって百科全書派という大きな思想運動となった。ルソーが携わってたこともあって、フランス革命の思想的な源泉になったという人もいるくらい。そこでその百科全書はベーコンが詩に留めていたimaginationを芸術全般に拡張した。要するに哲学・美学っていうのは学問の世界の大半を占めているといってもいいくらいなんだ。だから総合大学で哲学・美学をしているのがおかしいのではなくて、総合大学だからこそやらなければならないんだ!

 

〇京都はほっこりできる

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PHOTO BY MoyaBrennn

—なるほど、総合大学だからこそ哲学・美学が必要なんですね。ちなみに篠原教授が京都で、京都大学で哲学をしてよかったと思うことはありますか?

篠原教授:よかったこと、というより元から京都が好きだったから、京都の大学に通えるだけで万々歳(笑) 京都は古いところと新しいところが混ざっているところが好き。だからローマとかも好きで、ローマの客員研究員になれた時はうれしかった。それと、京都はホッとする。東京は高層ビルが多いからいつも背伸びさせられて歩いている自分を感じる。高いのに負けないように。姿勢を正して頑張って生きていかなければならない感じ。けど京都は建物の背が低いでしょ。京都弁でほっこりという言葉があるけど、本当にほっこりできる。日本人はほっこりの感覚を忘れている人が多いけど、ほっこりは一番大事。

 

〇小学生のころに味わったデジャヴュの感覚

—どうして哲学という道に進もうと思ったのですか?

篠原教授:実は大学入ったときは工学部だったんだよ(笑) 建築家になりたかったから。ただ競争率が高くて、それなら別の道から進もうと思って。それで昔から詩が好きだったこともあって、哲学科の中で美学の道に進むことにした。芸術を素材に哲学したいと思ってね。

—哲学に興味を持ち始めたきっかけは何ですか?

篠原教授:いろんなところから哲学者のベルクソンにたどり着いたんだ。小学生の頃にデジャヴュ、つまり既視感の感覚を数回感じて、これってなんでなんだろうってずっと不思議に思ってたんだよ。それでたまたま高校生の頃にベルクソンの本を読んでいたら、デジャヴュっていうのがごく普通のことなんだということが極めて明快に書かれていて雷に打たれたようだった。それでベルクソンに完全にとらえられたんだよ。あと、昔から数学が好きだったんだ。中学の頃は人名事典を読むのが好きで、そこにはベルクソンが数学の神童だったと書かれていた。あと、ポール・ヴァレリーという詩人は高等数学に夢中になっていた詩人だったとも書かれていて、え!?数学から哲学へと進む道もあるのか!!と衝撃を受けたんだ。それから哲学の道を歩むようになったかな。だから人名事典がなかったら今頃僕はこの道にいなかったね(笑)

 

〇京大生よ、突き抜けてゆけ!

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—最後に、京大生に向けて一言お願いします。

篠原教授:僕はぶっ飛んでしまうことを誇りに思う。このぶっ飛ぶっていうのはふざけるとかはっちゃけるとかそういうことではなくて。みんな誰しも一度は何かが気になったり、不思議だなって思うことがあると思う。だけどたいていの人はそういう素朴な勃念をいつの間にか忘れてしまうんだよね。高校の科学の授業とかで先生はさらさら先に進むけど、何かが引っかかることは誰にでもあると思う。だけどそこで、それはそういうものだからと無理やり納得して自分も先に進もうとする。だけどそれじゃダメなんだ!引っかかったことには引っかかる理由がある。その疑問はいつまでも持ち続けてほしい。世界には辻褄が合わないことがたくさんある。飛行機が空を飛べる理由だって、専門の先生は速度とか翼の傾きとかで説明するけど、どうしてそれで上に上がれるのか、問い詰めていくとそれはとっても不思議なことなんだよ。そういう不思議に思ったことを忘れずに突き詰めていけば、ぶっ飛んだ突き抜けた人になれると僕は思ってる!


小学生の頃にふと頭に浮かんだ些細な疑問、そこから篠原教授の哲学者としての道は始まりました。不思議に思ったことを忘れなければいつか突き抜けた人になれる、この言葉は篠原教授自身の体験から生まれたのでしょう。みなさんも一度、自分たちが小さいころ気になっていたこと、不思議に感じたことを思い出してみたらいかがでしょうか? 今までわかっていなかった本当に自分の進むべき道が見えてくるかもしれませんよ!


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